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おはようございます。10度を下回る朝がすっかり定着して、冬らしくなっていますね。師走の慌ただしさも、車の量が増えることで実感する季節です。早めの行動をしていきましょう。

さて、成長発展する組織を妨げる4つの「無」について書いてみます。それは「無自覚」「無関心」「無知」「無責任」です。これらを持っている人が組織にいると様々な弊害を起こし、組織の成長・発展を妨げます。

「無自覚」はいわゆる「気づき」のスキルが低いということです。言われてからわかる。それまではわからない。自分で感じるセンサーが働かない。ただ目の前のことばかりで、周りが見えない。

「無関心」は無自覚より悪い場合があります。無自覚はある程度無意識ですが、無関心は意図的です。「オレには関係ない」「オレはここまでしかやらない」自分でこっそりやらない方向へ意思決定しています。 組織力が生み出す相乗効果が一番求められている我々の仕事で、この無関心な人物は個人的には排除したいくらいです。

「無知」知識の量が少ないということだけを言っているのではありません。自分自身がわかっていないというのが一番の無知です。しかしすぐに学んだからといってわかるのが自分ではありません。人間そのものをより深く理解することが大切だと感じます。

最後に「無責任」です。いままでの3つをしっかり持った人たちは、結果として無責任な行動を取ります。「責任を取るのは社長の仕事。責任を果たすのは社員の仕事。責任を果たすという意味は、よりよい方向へ仕事を通じて努力しつづけること」

4つの「無」をつくる根本的な要素は、自分が持っている「劣等感」です。人間は劣等感をみんな持っていますが、この劣等感が「どうせオレはダメだから」と自己効力感を低くしたり、自己重要感を持てない根底の自分をつくり、「やればできる」の可能思考を妨げます。一方、人は劣等感を感じるから、「もっとよくなりたい」と理想の姿を求め続ける生き物なのです。劣等感の使い方の良し悪しで、その人の価値観をより健全な方向か、より不健全な方向かを作り出します。

あなたの「今の行動は」「今日の行動は」どちらの行動でしょうか?可能思考あふれる組織が、成長・発展を促します。それは結果として数字にでてくるのです。新しい体制はいままでの体制の底に溜まっている泥をかき出してくれます。かき出している間はまぜこぜになります。一瞬にごりますが、泥が無くなった状態でまたキレイになります。

これがいいのです。長くなりましたが、今日も一緒にがんばりましょう。だれもが劣等感をバネにより健全な方向へ自分の価値観を創っていけます。それが「幸せ」感なのです。幸せ感があふれるスタッフの組織は成長発展します。

「理念と経営」12月号も内容はかなり充実していますね。どの事例も「新しいこと」をやろうとすると、必ず「既存」で「固定化」された考えを持った社員からの反発を受けることが書かれています。

反発の多くのメカニズムは、「自分の未経験を想像できない」ことにあります。新しいことをやろうとする人は、仮説を自分の中で組み立てているのですが、他の人はそうではありません。また仮説が今までとは違うパターンであればあるほど、受け入れることが難しくなり反発という「抵抗反応」を示すのです。

どの組織も新しいことをやろうとすると、必ずこの現象が発生します。そして同じ方向へ向かう時間が「変化対応能力」になります。時間が短いほど変化に対応する力が強いのです。変化対応力は、知識、経験、柔軟な思考などによって作られ、これらが多ければ多いほど変化対応力は強くなっていきます。

固定観念・既成概念が強い人は、経験や知識に偏りを見せている人の多くに見られます。経験や知識だけでなく、見識、胆識、知識の幅の広さが求められるのです。

昨日は、博多駅筑紫口のホテルクリオコート博多にて、福岡経営研究会11月例会にて講演させていただきました。先週は筑後広域経営研究会の例会におじゃましましたので、2週連続の講演は久しぶりでした。

先週の筑後広域経営研究会では、主に組織づくり、社風改善、人財育成についてお話させていただきました。

今週は、財務に関する観点から経営を考えてみるという切り口でお話させていただきました。税理士さんもお見えになられているのに、プロの前で財務のお話をするのは、少し違和感があります。

おかげさまで、緊張することはありませんでした。筑後はアウエー感がなく、ホームグランド感覚でお話することができましたし、福岡はもちろんホームなので、安心してお話できます。

たくさんのみなさんの前で講演させていただいた、その日の夜は大抵熟睡できません(笑)「あんなこと言わなければよかった」「もう少しこう言えばよかった」と夜中に目が覚めて考えてしまいます。

劣等感が強いのでしょうか、「私みたいな人間が、偉そうに人前でペラペラとお話していいものなのか」と自問自答することもしばしばです。

そうは言いながら、参加者のみなさんからのいい反応を伺うとやはり嬉しくなります。

ここから少し辛口です。

「講演を聞いていつも聞きっぱなしではなく、何か一つでも明日からすぐに実践しましょう」

いろんな勉強会で聞く言葉です。しかしながらそれをやった人はほとんどいないのではないかと思います。できることからやろうと言いながら、やっていないのが、実行しない人が圧倒的に多いのです。

ということは、やはり「やったもん勝ち」。やってみたという実績を作れる人の成功確率は高いということになります。うまくいくかどうかが問題ではなく、やったかどうかが成功の秘訣だと改めて感じます。

今年はもう講演の依頼はありません。過去の経験上、しばらくないでしょう(笑)忘れた頃にまた依頼されることがあるかもしれません。その程度でいいなと思っています。

キューハイテック創業50周年が過ぎ、私の社長在任期間が創業者を超えるようになってから、引き際を考えるようになりました。若いときに、年配の方々やベテランの方々を見て、「こうなりたいな」という自分と、「こうはなりたくないな」という自分が自分の中に同居しているような気がします。

こうはなりたくないというものに「老害」があります。自分なりに老害の定義を考えてみました。

「老害とは、自分の小さく、狭い体験から得られた価値観だけで物事を判断し、それ以上の成長を自ら求めない行動や価値観が周りに与える影響のこと」

自分なりによくまとめられている定義ではないかと自画自賛しています。
自分のことだからでしょうか(笑)

これを考えてみますと、「老害」は単に老いた人だけに発生するものではないということにも気が付きます。たとえ40歳台でもこの定義に近い行動や価値観を持っている人もたくさんいます。自分の考えに凝り固まってしまい、わかってはいるものの、なかなか自分を成長させるために、新しいものを自分のなかに取り入れようとしない、学ぼうとしない。一旦学んだものの続かない。このような人たちもいます。

また、新しいことに取り組んでみようとする、チャレンジ精神が足りない30歳代以下の人たちもすでに老害化しているのかもしれません。

「余力を残して去る」

燃え尽きるまでやるというのも一つの選択肢ですが、余力を残して後進に道をゆずるという道も、いまの高齢化社会だからこそ必要な考え方だと感じます。やり続けていくことを否定している訳ではありません。私は「うまくいく秘訣」は「うまくいくまで遣り続けること」だと言い続けています。
今も昔も、若い人たちに「やる場」を与えることが大事です。いつまでも自分が創ったポジションの上に自分の存在感をアピールするような姿勢はまさしく「老害」だと私は感じます。

自分の存在感を示したいならば、自分でまた新しいポジションを創って、確立させようとすれば、老害ではなくなり、いつまでも若々しい姿勢で生きられるのではないかと私は感じます。そのためにも余力を残しながらも、いまのポジションを「手放し」、次のステージのスタートラインに立つことも「よりよい人生」かなぁと考えています。

以下はMayonezというサイトから抜粋した記事ですが、老害という言葉を誤解していないかどうかを確認するために読んでみました。

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「老害」とは、自分が年老いたのを気にもせずに、若い次世代の人たちの妨げになるような人たちのことをいいます。

具体的には、現代にはあわない、硬い考えを若い人に押し付け強要したり、自分が悪いのに自分は悪くない、相手が悪いと決めつけ怒鳴り散らしたりする、普段は若い人ぶるのに自分の都合が悪いときは老人ぶる人などのことをいいます。

みなさんの周りにもこういう人はいませんか。今回は「老害」についてご紹介します。

「老害」という言葉は本来、上手く世代交代ができないせいで、老朽化してしまった組織のことを表すものでした。それが、時代の移り変わりとともに変化して、高齢者へ向けての呼び方へと変わりました。

世代交代ができない組織は、若い人の意見をないがしろにし、古い考えを貫くため、時代にあわせて柔軟に対応することができず、いい方向に成長することができません。

そして時代の流れとともに廃れ、老朽化してしまいます。

本人に自分が老害であることの自覚はありません。老害である人は、自分が老害であると気づくことができません。

若い人に間違いを指摘されても、若い人が全面的に間違っていて、自分が正しいと思いこんでいます。理不尽な説教も、理不尽であることに気づきません。説教をしている本人は、自分がありがたい説教をしてやっていると考えています。

共通するのは、間違いを指摘した人も、説教をされた人も悪くないということです。

特徴1「自分の意見を曲げない」
老害である人は自分の意見を曲げません。なぜなら、自分の意見は隙のない、完璧であると根拠のない確信があるからです。

老害は、自分より若い人がどんなに素晴らしい意見をだしても、自分より若い人の意見は絶対に認めません。自分より偉い立場の人の意見でしか意見を曲げることはありません。

そもそも老害である人は、若い人の意見を最初から否定し聞いてないことも多く、話合いが円滑に進まないことが多いでしょう。

特徴2「プライドが高い」
老害である人は、プライドが高いです。そんなに偉くないのに、長生きしているというだけで若い人を見下しています。

「数十年長く生きている自分のほうが、長く生きている分色々な経験をしているから偉い。」というのが老害である人の言い分です。年功序列にこだわりすぎて、「若造のくせに」のような言い方をよく使いがちです。この特徴をもつ老害は、自分より若い人であるというだけでマウンティングを取りたがります。

特徴3「話がくどい」
老害である人は、話がくどいです。同じ内容をくどくどと延々と繰り返します。

昔の話や武勇伝、説教をまったく同じ内容で何回も繰り返すタイプと、一回の話でを長々と続けるタイプの老害がいます。昔話は適当に聞き流すことも可能です。しかし、説教がくどいのは厄介で、聞いていなかったことがばれると余計説教が長く、くどくなってしまうということもあります。
この特徴をもつ老害の相手をまともにしていると、貴重な時間がとられます。

特徴4「怒りっぽい」
老害である人は、怒りっぽいです。どんなに小さなことでも、少しでも気に入らないと思うと、それくらいのことでそこまで怒るのかと引いてしまうくらいくらいおこります。道で少しぶつかった、仕事でちょっとしたミスをしたなどの小さいことでも怒鳴り散らします。
この特徴をもつ老害は、怒るようなことがないと、わざわざ粗探しをしてまで怒りたがります。些細なことで怒る年上の人がいたら、老害とみて間違いないでしょう。

特徴5「間違いを認めない」
老害は、自分の間違いを認めません。そもそも自分が間違っていると気づくことができません。

自分の考えがすべて、自分の考えがいつも正しく、他の人の意見はすべて間違っていると決めつけて変えることはありません。

この特徴をもつ老害は何を言っても聞きません。そして、自然と人が寄り付かなくなり、仕事でもプライベートでも孤立します。そんな状況になっても、本人は自分の間違いに気づけないので、間違いを認めません。

特徴6「古い価値観を修正しない」
老害は、古い価値観を修正しません。今の時代に適応できず、自分が生きてきたことで身に着けたことが正しいと考えるからです。例えば、働き方が見直される今の時代に、長時間労働や残業を強要したり、飲み会への強制参加をさせる人がいたら、この特徴をもつ老害であるといえるでしょう。
何事も質を重視せず、時間をかけることを求めたり、便利な機械や道具を取り入れることを拒否したり、新しいものを拒絶したりします。

特徴7「屁理屈をこねる」
老害は、すぐに屁理屈をこねます。ゴネていればそのうち要求が通ると思っているので、屁理屈を並べ、話を長くしたがります。

この特徴を持つ老害は、他の人に自分のことを否定されると、根拠のない話をはじめたり、屁理屈をいいはじめます。
中には、威圧的な態度でゴネ得を狙う、恥知らずな老人もいて、そのような老人は老害と呼ぶにふさわしいでしょう。

特徴8「仕事ができると思っている」
老害は、自分は仕事ができる人間だと思っています。実際は他の人より仕事ができていなくても、人より仕事ができていると考えています。
例えば古いやり方を貫き、効率化を考えず、長い時間働くことを正しいと思っていたり、その結果、半分の時間で終わるような作業を倍以上の時間をかけて終わらせていたりします。
ここまでならそこまで迷惑ではないですが、半分の時間で終わらせている他の人に対して、仕事ができないとバカにすれば老害です。

特徴9「都合が悪いと老人ぶる」
老害は、自分にとって都合が悪いと思った時は老人ぶります。都合が悪くなったときは、老人ぶったほうが得をすると判断するからです。
喧嘩を売った相手が自分より格が上で、勝てないと判断したときや、優先席に座りたいとき、老人という立場を利用して甘えたいときなどに、自分を老人だと強調します。
この特徴を持つ老害は、自分の都合にあわせて立場を変えますが、普段は老人扱いすると不機嫌になったり、否定したりします。

特徴10「気持ちは若いと思っている」
老害は、気持ちは若いと思っています。たとえ体が老化して衰えても、気持ちは若いままです。

年齢や体の成長に、気持ちの成長が伴っていないのが、この特徴をもつ老害の特徴です。自分の年を考えずに無理をして、周りの人に迷惑をかけたりします。
老人との付き合い方について悩んだらぜひこちらの本を読んでみてください。身の回りの困った老人が考えていることを知ることで、どうやって老人と向き合うか考えることができます。

高齢者はすべて老害とは考えない

高齢者が全員老害だという風に考えてはいけません。高齢者でも素晴らしい方はたくさんいらっしゃいます。

高齢者の中には本当に、若い人のためにいろいろ教えてくれたり、温かく見守ってくださる方もいます。高齢者は全員老害であると決めつけていると、良い意見まで寄せ付けないということになり、人として成長する機会を逃してしまいます。

老害でない高齢者は、自分の人生をより豊かにするヒントになることでしょう。
人生経験が参考になることもある
高齢者の人生経験が参考になることもあります。高齢者の中には、いろいろな苦労をした方も多数存在します。深い人生を生き抜いた人の人生経験は非常にためになります。

自分だけでは解決できない悩みでも、たくさんの経験を積んできた人に相談すると解決したりします。こういうときは素直に参考にしましょう。

普段老害だと思っていた人でも案外、親身になって相談に乗ってくれることがあります。それから打ち解けることもあります。

建設下請け業の本質は「機能の提供」です。我が社の「機能」とはガス事業部で言えば主に「ガス配管工事」です。

しかし、この機能の提供だけでは他社との差別化はなかなか難しいです。正確性は「出来て当たり前」です。「正確にやるだけでも大変なのにね。正確性を実現させるために、どれだけのスキルを習得する必要があるのかわかりますか」日常業務に毎日精を出して頑張っているみなさんの気持ちが理解出来ます。それを踏まえた上で、そこにさらに他社との違いを出さねばいけません。これが「差別化」です。

「差別化」=「付加価値」です。ここに「お客様の利便性」という要素が入ってきます。

利便性の多くは「言われたらすぐにやって欲しい(迅速性)」です。だから我々はお客様の「迅速性」というニーズに応えようとするので、大変な思いをします。

そして、迅速性はお客様のニーズを満たすのに、比較的わかりやすいニーズですので、どの会社もそれなりにニーズに応えようとします。ここからがポイントです。同じ「迅速性」「正確性」を機能として提供しようとするならば、もう一つ何かを付け加えて提供すれば、それは「差別化」になるのではないかということです。

その差別化要因は、「お客様を思う気持ち」をどのようにお客様に感じていただくか、ということです。その具体的方法が、「明るい挨拶」「笑顔」「丁寧な言葉づかい」「姿勢」「身だしなみ」「かもし出す雰囲気」などです。それらを生み出すのは、我々の心の中にある「健全度」の度合いです。

より健全な価値観=人間力が我々が持っている「正確性」「迅速性」を伴った「業務遂行能力」を引き立てていくのです。それが組織的に行われている、「Aさんはやれているけど、Bさんはイマイチ」という状況ではなく、「キューハイテックのスタッフのみなさんは、みんないいよね」という状況をつくることで、組織としての付加価値が上がるのです。

Kスクールに見えられる、毎回異なるゲストのみなさんが、我々の姿勢を見て、口をそろえて同じようなよい評価をしてくださる現象がこのことを証明しています。

我々は仕事の優先順位をつける時に、「緊急」と「重要」の2つを考えながらどの仕事を先にやるかを考えます。
まずは「緊急」かつ「重要」な仕事を最優先にします。これは異論ないところでしょう。
一番優先順位が低いのは、「緊急でない」かつ「重要でない」仕事です。これも異論がないところでしょう。

しかし、以外とこれのウエイトが高い人もいます。「やたら席を立ち、タバコの時間が長い」典型的パターンです。「ひと目がつかないところでダラダラ時間を費やしている」これもそうです。

「緊急だけど、重要でない」あまりこんな仕事はありません。そもそも重要でないことは仕事ではありません。

「重要だけど、緊急でない」仕事はとても大事です。会社の環境を良くするために、トイレ掃除をつづけよう。自分の知識を増やすために勉強しよう。技能を身につけるために練習しよう。これらがそうです。自己成長するために重要なことです。「重要ジョブ」と呼びますね。

ここで気づいてほしいのは、「緊急なことは誰が作っているのか」です。我々の仕事の場合、多くは「お客様」が緊急度ど作り出します。「○日までにこれをやってほしい」と言われることや「○日までにやらないとお客様の要望を満たせない」と思うことが我々の行動の大前提です。しかしこれに依存しすぎるとどんな人間になるか。

その人は、常に「緊急かつ重要」な仕事を優先します。今日も忙しい。明日も忙しいです。そして「ここまで忙しかったんだから、重要ジョブは明日に回そう、明日は必ずやるぞ!」と思います。そして明日がやってきます。また「重要かつ緊急な仕事」に追われます。そして「今日はできんかった。明日こそ重要ジョブをやるぞ!」と思って先延ばしにします。それをどんどん繰り返します。

そして、ついには「重要だけど緊急でない」重要ジョブは、「重要でもない、緊急でもない」仕事に変わり、自分の意識の外に追いやられます。自己成長の機会を失くしているのは「我々自身」です。

与えられた時間は限りなく平等に24時間あります。それをどのように使っているかは、その人の価値観で決まります。様々な意思決定の要素はありますが、一番重要なことは、その人が「もっと良くなりたい」と思っているかどうかです。自己成長意欲・向上心が足りない人は、他人が決めた「緊急性」に依存した仕事の進め方をしますから、「緊急度」がなくなった瞬間、その人の動きは止まります。止まったことを見られたくないように、動いているフリをします。自分で仕事が作れない人のパターンです。また、向上心が足りない人は、「過去の経験」の中で生きようとします。できることしかやりません。

「重要だけど、緊急でない」ことを「重要かつ緊急」な仕事の中にどのように入れることができるかどうか、そこが試されています。それが「生きる力」なのです。

「協働共育」の企業理念は、向上心がお互いを支え合う力だと言っています。今日もよろしくお願いします。

人を動かすには、「より健全なエネルギーの高さ」と「筋道を立てる」という論理性が、どんなポジションにいる人でも求められます。この2つに共通する力は、言葉の解釈や現状のものの見方や考え方、つまり「肯定的な解釈能力」です。肯定的な解釈能力は、人の視点を動かし、広げる力になりますし、気付きの能力を上げてくれます。

人はエネルギーの高い人に集まります。困ったことに、健全なエネルギーかどうかは関係なく、人はエネルギーが高い人に集まる性質を持っています。エネルギーの高いリーダーが、より健全な価値観を持っていると、よりよい方向へ人を導いていきます。

そして、「筋道がたった考え方」です。つまり現状をどれだけ論理的に見て、よりよい方向へ筋道をたてて導く「仮設」を立てられるか。よりよい方向性に進んでいく仮設をたてる能力が必要です。 人は「説得」では動きません。人は「納得」しないと動かない性質を持っています。

人は自分の行動は人から言われて決めるのではなく、「自分で決めて」行動します。これが納得です。

機会(チャンス)はたくさん創っています。そしてそれを捉えるのは、己自身の能力であり、それをうまく活かせないことまで、他人のせいにしてほしくはありません。チャンスを自分の肥やしにできるのは、自分の能力の発揮以外になく、それを決めるのは自分自身です。

最後に幸せとは、感じるものであり、肯定的な解釈が広がると幸せを感じるセンサーが自分の中で確実に増えていきます。人はだれもが幸せになりたいのであり、幸せとは「感じる力」です。

我が社の企業理念は「協働共育」です。

おはようございます。今日も朝早くからそれぞれの現場に行ってくれてありがとうございます。
今日も暑さ対策をよろしくお願いします。

「オレはお前たちより知っている。やっている。できている」

ちょっと経験値が目の前の人よりも大きいだけなのに、それだけで言葉や立ち振舞いが傲慢に(横着に)なる人が少なくありません。若い人がベテランよりも経験値が少ないのは当たり前です。

「無知は人生に壁をつくる」という言葉は2階会議室のホワイトボードにずっと消さないでいます。

一番の無知とは、「己がわかっていない」という無知です。

ところが、少しだけ現場の体験の積み重ねが多いだけなのに、威張る、偉そうにする人間が少なくありません。お客さんに対してさえも「○○くん」と君付けする「自分がわかっていない」人もいます。

お客さまやまわりの人達は、そんな人の言動や態度を「黙って」評価しています。

そして、それは個人だけでなく、「会社の評価」になっています。
そのことも無知な人たちは、まったく「無自覚」なのです。これっぽっちも気が付きません。

我が社には、そんな人はいないとは思いますが、念の為、このような事例をみなさんに紹介しておきます。
今日も一日よろしくお願いします。

PS:そんな傲慢な人間が、他の自分より力ある人間からチョットだけガツンとやられると、すぐにヘナっとなるのも傲慢な人たちの大きな特徴です。自分というしっかりとした柱を持っていないのかもしれませんね。

我が社の経営理念は「協働共育」です。

「人はエネルギーが高い人に吸い寄せられる傾向があります。」私の持論です。
まずは高いエネルギーを発する人のリーダーシップに魅力を感じます。その後リーダーシップの質を見極めようとします。

特に入社したてで知識が不足している、経験が不足している人たちは、せめてものエネルギーを高くして欲しいと思います。知識も足りない、経験も足りない、考える力も足りない上、エネルギーが足りないのでは、誰がその人を魅力に感じるのでしょうか。

「性格は変えられませんが、行動は変えられます」

性格は大まかに分けて、「外交的か」「内向的か」に別れます。すぐに人に打ち解けることが出来る人もいれば、自分の世界を大切にする人もいます。そしてその自分の性格はなかなか変えることはできません。

しかし、「積極的か」「消極的か」は性格とは無関係です。多くの人は、「外交的=積極的・内向的=消極的」と思いがちですが、それは少々人を雑に見ています。このマトリックスで行くと4つのタイプに別れます。

「外交的かつ積極的」
「外交的だが消極的」
「内向的かつ積極的」
「内向的かつ消極的」

外交的でも消極的な人はたくさんいます。逆に内向的でも積極的な人もたくさんいます。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツやアップル創業者のスティーブ・ジョブズも内向的な性格だけど、積極的な行動を取っている典型例だと言えます。

私も実は性格は内向的です。外交的ではありません。人と接するのは得意ではないと思っています。しかし行動は積極的なタイプです。

消極的な人はものごとをうまく進めることが難しいです。自分で決める決断力も弱いし、計画も立てられません。すべて他人に自分の行動を委ねています。お客様の指示命令でしか自分の行動を決めることができません。お客様からの指示命令がなければ、自分の行動が止まってしまいます。

積極的な人は失敗を恐れません。消極的な人は、失敗をすることを恐れます。
内向的で積極的な人の良いところは、失敗を出来るだけしない方法をスピーディに考え、実行に移すところだと感じます。外交的で積極的な人は、あまり考えずに行動しようとする傾向があります。

いずれにせよ、消極的な姿勢はかなり問題があります。逃げの姿勢です。逃げようとする人が業務をしなければならない状態に追い込まれるから、「やらされ感情」になるのです。

我が社の企業理念は「協働共育」です。協働は自発性なしにありえません。自発性とは積極性です。

山笠期間中の7月11日に私の母校である西南学院大学で講話をしました。西南学院大学はチャペルでの講話に参加する時間が1時限目と2時限目の間に設けてあり、聖書を読み、賛美歌を歌い、講話を聞く時間があるのです。

私の持ち時間は10分。伝えたいことを要約して、しかもわかりやすく伝える力が求められます。

テーマは、「強くなければ生きていけない 優しくなければ生きていく資格がない」です。私の2つの座右の銘のひとつです。

こんな感じでお話しました。学生さんも200名くらい来てたと思います。

もう一つの座右の銘は、マハトマ・ガンジーの「明日死ぬと思って生きなさい いつまでも生きると思って学びなさい」です。

時計を置いて10分間お話したと思ったら、なんと5分くらいだったようです。時間を間違えました。「10分はあっという間だったなぁ」と思いました。そうでしょ5分しか話していないんだから(笑)

終わったら、さらに会議室で質疑応答がありました。流石に神学部があり、キリスト教の学校ですので、私の哲学に切り込んで質問された学生さんや先生もおられて、いい議論になりました。

感想のアンケートメモもいただきました。言葉の感じ取り方は人それぞれ。自分の感じ方を磨いていけばいいと思っています。講話テーマは「強くなければ生きていけない 優しくなければ生きていく資格がない」でしたが、「資格がない」という言葉がネガティブに感じるという指摘もあり、改めて気づくこともありました。

強さだけを求めても、そして強さを振りかざすだけではダメだ。リーダーはそこに優しさを加えていかねばならないという、自分自身への戒めをテーマにしたのが、異なった解釈を生み出したのかもしれません。

なにはともあれ、いい体験をさせていただいています。

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