» 2016 » 7月のブログ記事

知的である、というのは頭脳が明晰であるかどうか、という話ではなく、自分自身の弱さとどれだけ向き合えるか、という話であり、大変な忍耐と冷静さを必要とするものなのだ、と思う。

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人は自分の弱さを自分が一番よく知っています。人に見せたくないものもあるし、すでに弱さを人前にさらけ出すこともあります。多くの人の前で喋る時に、自分が考えていることをうまく伝えられない人は、「人前で話をするのは苦手なんですが・・」と前置きを言う人も少なくありません。多くの人の目に自分自身を晒すのが怖いというのが本音だと思います。それでも役職について、人前で話す機会が増えてくるとだんだんと上手になっていきます。慣れていくという部分の他に、おそらく人前で自分を晒すことに覚悟を決めている部分もあると思っています。役職が上になればなるほど、その覚悟が大きくなっていくのではないでしょうか。

大企業ならば学生時代に前回の5つの態度をいろんな体験を通じてトレーニングの機会を積み重ねた人財を選んで採用することも可能ですが、(ただし、希望通りに機能しているかどうかは別問題)中小企業、特に零細企業ともなると大企業のような採用はなかなか出来にくい現状があるのではないかと思います。

だからこそ、中小企業の企業内でのトレーニングは、最初から優秀な人財を採用できる大企業がかける必要がないコストを払ってでもやらねばならないと思います。

我々の仕事はお客様と言う存在があって初めて成り立っています。

経営コンサルタントの安達裕哉さんのブログを引用したものですが、私が伝えたいことをズバリ書いておられました。原文のブログはこちらです。http://blog.tinect.jp/?p=16095

知的であるかどうかと尋ねられても、多くの人は自分は知的ではないと思っていますし、だからと言って人から知的ではないと指摘されると、癪(しゃく)にさわるだろうし、なかなかデリケートな部分です。「知的であるか」を「人間を磨いているか」と置き換えるといかがでしょう。

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「知的であるかどうかは5つの態度でわかる」

少し前に訪れた大学の先生から、面白い話を伺った。それは「知的な人物かどうか」という判断の基準に関するものである。

私達は「頭が悪い」と言われることを極端に嫌う。知性が人間そのものの優劣を決めるかどうかは私が判断するところではないが、実際知的であることは現在の世の中においては有利であるし、組織は知的な人物を必要としている。

だが、「どのような人物が知的なのか」ということについては多くの人々の判断が別れるところではないだろうか。

世の中を見渡すと、あらゆる属性、例えば学歴、職業、資格、言動、経済的状況などが「知的であるかどうか」のモノサシとして使われており、根拠があるものないもの含め、混沌としている。しかし、私がこの先生からお聞きした話はそういった話とは少し異なる。

彼は「人間の属性と、知的であるかどうかの関係はよくわかりませんが、少なくとも私が判断をするときは、五つの態度を見ています」という。

エピソードを交え、様々な話をしていいただいたのだが、その5つをまとめると、次のようなものになった。

一つ目は、異なる意見に対する態度

知的な人は異なる意見を尊重するが、そうでない人は異なる意見を「自分への攻撃」とみなす

二つ目は、自分の知らないことに対する態度

知的な人は、わからないことがあることを喜び、怖れない。また、それについて学ぼうする。そうでない人はわからないことがあることを恥だと思う。その結果、それを隠し学ばない

三つ目は、人に物を教えるときの態度

知的な人は、教えるためには自分に「教える力」がなくてはいけない、と思っている。そうでない人は、教えるためには相手に「理解する力」がなくてはいけない、と思っている

四つ目は、知識に関する態度

知的な人は、損得抜きに知識を尊重する。そうでない人は、「何のために知識を得るのか」がはっきりしなければ知識を得ようとしない上、役に立たない知識を蔑視する

五つ目は、人を批判するときの態度

知的な人は、「相手の持っている知恵を高めるための批判」をする。そうでない人は、「相手の持っている知恵を貶めるための批判」をする。

知的である、というのは頭脳が明晰であるかどうか、という話ではなく、自分自身の弱さとどれだけ向き合えるか、という話であり、大変な忍耐と冷静さを必要とするものなのだ、と思う。

この「自分を認めて欲しい」という気持ちを、自分の都合だけ、自分の欲求だけを満たそうとするのではなく、「他人のために尽くそう」「人の役にたとう」という気持ちに向けようとする姿勢が、「人格を磨く」ということです。自分のことだけ考えている人や、自分の都合で物事を考えている人が尊敬されないのは、他人に尽くすことで、人格を磨こうとする方向へ自分を導いていないという事実を、周りの人が知っているからです。

人はだれもが、よい方向へ行こうと努力する人に魅力を感じる生き物です。そして、その人格を磨く方向へ人を導いていく方法の一つが、「誉める」「認める」ということです。マイナス感情の強い人、開かれた心が持てない人は、「人を誉めません。」この業界でそんな人たちをたくさん見てきました。そしてそんな人たちが人の上に立ってもうまく行かなかった事実も、得意先や他の会社やいろんな組織でたくさん見てきました。

 私は人財育成を前向きに捉え、実践しようとするリーダーを作っています。

また、一人一人のリーダーシップを養っています。何かをやろうと固く決心すればするほど、周りのマイナス感情を掻き立てます。もしかしたら、あなたのその感情は私が引き出しているのかもしれません。私の決心は固いです。私の決心は「キューハイテックをさらに成長発展する会社にする」です。そのために、成長発展しようとする人財を育成することが私の使命です。やらされ感情の強い人たちが多い会社が発展するはずはありません。

人はいろんな感情を持っています。そしてその感情は日々変化します。今日は調子が良かった人が、明日も良いとは限りません。また、人はものの見方・考え方を常に変化させながら生きています。ところが、それは必ずしもプラスに変化させているわけではありません。人間は不完全な生き物ですから当然です。

普段は一所懸命頑張っている人でさえも、会社にとって不健全な感情をばらまいたりするかもしれません。私はそこにしっかりと向き合えるリーダーを育成しています。そのために、まずはリーダー自らが自分自身に向き合う能力を磨いて欲しいと思っています。リーダーがやらない組織にどうして新入社員がやろうとするのでしょうか。ベテラン社員がやろうとしないで、どうして若い社員がやろうとするのでしょうか。まずは既存社員教育と私が言っているのは、このような理由があります。願わくは、我が社に関わる全ての人たちが、成長発展しようと決意されることを願っています。

「会社の器は社長の器の大きさで決まる。部門の器は部門長の器で決まる。グループやプロジェクトの器はそのリーダーの器で決まる。あなたの人生はあなた自身の器で決まる。」全て自分です。他人ではありません。みんなで自らがすすんで助けあって、認め合って、支えあって、許し合って、そして成長・発展していきましょう。

我が社の企業理念は「協働共育」です。

平成28年7月4日応接室にて

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こういう雰囲気を社内全体で創っていくためには、その人の存在価値を認める働きかけ、つまり「誉める」「承認してあげる」ことが大切です。我々は、常日頃から一人一人の存在価値を認める働きかけをしなければいけません。あなたは回りの人たちの毎日の行動に対してどんなことを褒めていますか。少しの変化に気づき、いいところを認めてあげる。このことが大切です。

「人は他人からの承認を絶えず欲しがって生きています」

人はいつも、自分を認めて欲しい、褒めてもらいたいと思っています。私が今ここにいることをわかって欲しいと思って生きています。いつでもどこでもそう思って生きています。これも人間の生存欲求の一つです。そして、この欲求はとても強く、他人にとってプラスだろうがマイナスだろうがお構いなしに求めます。

信じ難い話ですが、自分の存在を知ってもらうためには、人はわざとお客さんに迷惑をかける行動もやります。うまくいっている状況をがんばって創りだしているにもかかわらず、回りからの承認、たとえば褒め言葉やねぎらいの言葉がないと、ある人は自分の存在を周りに知らせようと、お客さんに迷惑をかけて、会社に迷惑をかけて、自分が叱られることで、周りの人の関心を寄せ、自分という存在を周りの人にクローズアップさせようとするのです。

そのくらい我々が持っている、自分の存在を認めて欲しいという気持ちは強いのです。過去にそんな社員さんがいました。定期的に失敗を繰り返し、みんなの前で謝る場面を会社に作り出させることで、自分の存在をアピールするのです。今はそんな人は我が社にはいませんが、私の人間観をさらに深めてくれた人でした。

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しかしそんな彼らもまた、しっかりと自分自身に「直面している」結果、プラスに置き換える前の段階で足が止まっている状態であるとも言えます。自分自身の「真の姿」に直面しているからこそ、「誰それが悪い、彼が悪い」になるのです。一種の「現実逃避パターン」です。なりたい状態になれていない自分を知っているから、逃げようとするのです。直面していなかったら逃避はしません。逃げる理由がないからです。

 「怒り」のパターンも一種の逃避です。動物の威嚇(いかく)と同じです。威厳を保つフリをしながら、現実から逃げようとしています。相手が近寄っていこうとすると、怒り出します。まるで近寄って行くと、「シャー!」と言っているヘビやトカゲのような動物と行動と同じです。人もまた動物です。生き物です。

「無視」する人もいます。現実を知っているから、やれていない自分を知っているから、その現実から逃げようとして、自分には関係ないことだと無視します。これらの行動を専門用語で言うと、「防衛機制」と言います。つまり自己防衛本能が働くのです。自己防衛本能は、動物に与えられた外敵から身を守るためにインプットされた、我々が生きていくための「本能」です。ですから、動物ならばだれもが持っている本能です。

どんなに明るく、前向きで、積極的でエネルギー高く、肯定的な価値観を持っている人も、逃避や抵抗のパターンをみんな持っています。人は不完全な生き物ですから、完全な人間などはいません。みんなそこで悩んでいます。「もっと良くなりたい」という思いをだれもが持っているからです。

そして、悩みぬいて、決断して、前向きに生きていこう、プラスに考えるによう自分を高めていこうと意思決定するのです。そこに覚悟を決められるかどうかが試されているのです。そしてプラスの感情とマイナスの感情をうまくコントロールすることができるようになるのです。人が成長するということは、まさにこのことです。

やはり、前向きに、肯定的に、プラス思考で日頃の活動をやり続ける集団にしたいものです。自分で肯定的に受け止め、目の前の問題を解決の方向へ導いていく。たとえば上司に進言する、アイデアを出す、身の回りの環境を自分で整えていく姿勢が大事です。

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皆さん、暑い中毎日朝早くからそれぞれの現場で頑張ってくれて本当にありがとうございます。特に外に出られている皆さんは熱中症には十分気をつけて下さい。いま、社内では会社を成長・発展する組織にするために、いろんな取り組みをやっています。新しい方針を示し、みなさんに行動してもらわなければなりません。私は、新入社員教育も大事ですが「既存社員教育」がより大事だと考えています。

 新しく入社した社員さんは、専門的なスキルがまだ習得されていないことと、社会人としての経験の量が不足しているだけで、物事を素直に受け入れる力は既存社員以上にある可能性が大きいです。場合によっては、専門的なスキルを持っている人より、受け入れる力がある人(素直さ)の方が成長する可能性を持っています。

 既存社員さんの中には、せっかく長年かけて自分の身体に身につけた専門的なスキルも、もはや自分が勝手に作り上げた(マイナス感情で物事を捉えようとする)固定観念にとらわれて生きている人もいるかもしれません。我が社にはそんな人たちは一人もいないことを望んでいますが、他社にいるかもしれないそんな人は、自分のものの見方・考え方を広げようとしながら、自分の専門スキルを活かそうしません。

 いままで私が見てきた、いろんな会社組織の不健全な例を見てみます。不健全な組織の社員さんたちは、自分の回りの事実(自分にとってうまくいっていないことや都合が悪いこと)に対して、自分が肯定的に解釈することが出来ないことを、自分のものの見方や考え方を変えてみようとせずに、回りのせいにします。「まわりの◯◯さんが悪い、上司が悪い、部下が悪い、会社が悪い。」「何で自分だけに言うんですか!◯◯さんはどうなんですか!」マイナスの観念に囚われて、プラスに解釈できない人たちの典型的な言葉です。これらの言葉を発する人たちに新しい価値を生み出す事は出来ません。またそんな人達が他の人達から魅力に感じられることはありません。私だったらむしろ付き合いたくない人たちです。人はプラスの影響を受ける環境の中で成長していくからです。

ありがとう経営

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